○9月24日(月)〜26日(水) 【南アルプス 仙丈ヶ岳,甲斐駒ヶ岳】

  【第1日】 北沢峠 (0:10) 大平山荘 (2:10) 馬ノ背ヒュッテ
  【第2日】 馬ノ背ヒュッテ (0:55) 仙丈小屋 (0:30) 仙丈ヶ岳 (1:00) 小仙丈ヶ岳 (1:40) 北沢峠 (0:45) 仙水小屋 (0:25) 仙水峠 (0:20) 仙水小屋
  【第3日】 仙水小屋 (0:35) 仙水峠 (1:15) 駒津峰 (1:20) 甲斐駒ヶ岳 (0:50) 駒津峰 (0:25) 双児山 (0:50) 北沢峠

 台風一過で全国的な秋晴れとなった9月の3連休。そのさなかに急きょ思い立ち,以前から1度登ってみたかった仙丈ヶ岳(せんじょうがたけ 3,033m:17th)と甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ 2,967m:24tth)に挑戦することにした。新居購入や転勤などでちょうど1年ぶりの山行である。

【第1日】
 3連休最後の振替休日の朝,マイカーで自宅を出発。今回は現地でのバスの時刻に合わせ,いつもよりだいぶん遅い8時近くの出発とした。
 広河原(ひろがわら)へのルートは通常,富士川沿いに国道52号線を北上するが,実家の裾野市を経由することもあり,地図とにらめっこをし,あまり知られていない穴場コースをとることにした。御殿場から東富士五湖道路を通り,鳴沢村から精進湖道路に入る。普通はこのまま甲府へ抜けて国道20号線を西進するのだが,精進湖道路の途中から芦川(あしかわ)沿いに県道36号線を北西に進み,三珠町(みたま−),市川大門町(いちかわだいもん−)を抜けて国道52号線に合流するコースをとった。山間の道は多少狭いものの交通量も少なく,予定よりも1時間近くも早く広河原(1,529m)に到着した。
 ここ広河原は,南アルプス北部の山梨県側玄関口として利用者が多く,駐車場に止めきれなかった車が道路脇の空き地にまで溢れていた。しかし連休の最終日ということですでに下山した人も多く,駐車場は歯抜けのようにところどころ空きスペースができていた。
 ここから先は一般車両は入れず,入山口の北沢峠(きたざわとうげ)までは芦安村営バス(あしやす−)に乗ることとなる。1日4往復,1回に最大4台までのマイクロバスが登山者を運んでいる。ちょうど北沢峠から戻ってきたバス3台からは,スシ詰めの登山者が疲れた表情で降りてきた。片道550円,ザックなどの手荷物は別に200円が必要だ。
 バスを待つ間に昼食を済ませ,12時30分発のバスに乗る。北沢峠で待つ下山者に合わせて4台のバスが運行されることになり,1台あたりの乗客は8人ほど。ここから急峻な野呂川(のろがわ)沿いの南アルプス林道を進み,25分ほどで北沢峠(2,030m)に到着した。
 北沢峠は,北東の甲斐駒ヶ岳と南西の仙丈ヶ岳を結ぶ直線のほぼ中間に位置し,両山への日帰り登山が可能なことから,シーズン中は多くの登山者でにぎわっている。この日も秋の3連休を山で過ごしたハイカーたちが大勢バスの到着を待っていた。またここは長野県側の玄関口にもなっており,ふもとの戸台口(とだいぐち)を経由して伊那(いな),高遠(たかとう)からのバスが通じている。
 身支度を整えていざ出発。最初の目的地は仙丈ヶ岳である。今回,仙丈,甲斐駒どちらが先でもよかったが,山小屋の営業日の関係から仙丈ヶ岳が先になった。初日に目指すは仙丈ヶ岳中腹にある馬ノ背ヒュッテ(うまのせ− 2,640m)だ。ヒュッテへは山頂から北東に下っている薮沢(やぶさわ)沿いのコースを進む。
 南アルプス林道を北西に行き,300mほど進んだところから左へ山道に入っていく。峠を境にこちら側は長野県となる。山頂を目指すのに道は下りだ。つづら折りの道をだいぶん下ると先ほどの林道と共に山小屋が見えてくる。大平山荘(おおだいらさんそう 1,970m)だ。小屋の脇には豊富な水場がある。その前を通り過ぎ,暗い樹林帯に入っていく。しばらくは山の中腹を巻くように(まく=山頂に対して周りを迂回する)緩やかに登っていく。道は木の根や岩が多少あるものの歩きにくいことはない。途中いくつかの小さな沢を渡ると登りが次第にきつくなってきた。下ってくるパーティとすれ違ううちに心臓の鼓動が激しくなる。久しぶりの山行だから本調子が出ないのだろうと自分に言い聞かせながら,きつい斜面をジグザグに直登する(ちょくとう−=まっすぐに登る)道を登っていく。
 沢の水音が聞こえるようになると道も緩やかになり,斜面を巻くように進むとやがて樹林帯を抜けて沢が見えてきた。薮沢だ。この沢をロープ頼りに石づたいに渡り,そこで休憩にすることにした。振り返るとV字型の谷の向こうに甲斐駒ヶ岳の雄姿が望める。
 休憩中,地図を見て納得した。今登ってきたルートをたどると等高線が非常に込んでいるところがあったからだ。「体力が落ちていたわけではなかった」と思いつつも,事前の下調べが不足していたことを反省した。
 ここからは薮沢の左岸(上流から見て左側=進行方向の右側)を沢に沿って登っていく。砂地のため多少スリップしやすい箇所もあるが,急な傾斜ではない。時々後ろを振り返りながら登っていき,周りの木々がダケカンバに変わってくると,やがて左に薮沢小屋からの道が合流する。そこから沢を離れて右の斜面を登っていくと,10分ほどで馬ノ背ヒュッテ(2,640m)に到着した。
 ヒュッテで受付を済ませたあと,夕食までの時間,荷物をおいて馬ノ背(2,736m)を散策することにした。ここから馬ノ背あたりまでは高山植物の宝庫で,シーズンにはハクサンイチゲ,シナノキンバイなどのお花畑が広がるところだが,残念ながら今はほとんど枯れてしまって見る影もない。緩やかな登りを10分ほどで分岐の標識がある。左が明日の目的地,仙丈ヶ岳への道。右は丹渓山荘(たんけいさんそう)からの登山ルートになっている丹渓新道。ここを右に行くと馬ノ背だ。なだらかな丘陵地帯のような開けた場所になっていて,東半分(右手)がハイマツに覆われているが,360度周りを見渡せる。北東(右手)には白い雪を頂いたような甲斐駒ヶ岳がその特徴的な三角形の山容を表している。その右手には尖った岩塔オベリスクのある地蔵ヶ岳(じぞうがたけ 2,764m:75th)や,観音岳(かんのんだけ 2,840m:50th),薬師岳(やくしだけ 2,780m:67th)の鳳凰三山(ほうおうさんざん)。また前方遠くには北アルプスから中央アルプスへ続く山並みが望める。振り返ると仙丈ヶ岳の山頂部が間近に迫って見える。しばし景色を堪能した後,下山を始めた。山頂から下ってきたパーティと会話を交わしながら5分ほどでヒュッテへ戻った。
 馬ノ背ヒュッテは入口の正面に細長い木製のテーブルとくくり付けの長椅子が並んだ食堂があり,その右側に宿泊室がある。今の時期は土日祝日のみの営業となっていて,小屋の主人達は明日早朝に山を下りるとのこと。そのため夕食はカレーライス1杯という質素なものだったが,我慢せざるを得なかった。1本600円の缶ビールで乾杯し,早々に夕食を平らげて午後7時前には床についた。
 [累積標高差(当日) +675m −75m]

【第2日】
 4時前には起きるつもりでいたが,気がついたら4時を回っていた。あわてて起床し,ストレッチをして食堂で朝食。小屋の朝食は弁当なので頼まなかったが,サービスで出してくれたみそ汁をすすりながら携行食を口に頬張る。空は満天の星空。周りが明るくなり始めた5時20分,小屋の主人にあいさつをして出発。
 昨日登った馬ノ背への分岐を南(左)に進み,山頂へ続く稜線を緩やかに登っていく。今年は急に寒くなり葉が凍結してしまったため,紅葉する前に茶色く枯れてしまった木が目立つ。しばらくすると山頂に朝日が当たり始めた。山頂の手前には,おわんのように丸くくぼんだ薮沢カール(やぶさわ−,カール=氷河の浸食によって形成された半球状の窪地)があり,その中央に仙丈小屋(せんじょうごや)がポツンと建っている。振り返ると朝日を浴びた馬ノ背がオレンジ色に輝いて見える。
 森林限界を超えハイマツに覆われたカールの中央を真っ直ぐ登って行くと水場があり,その少し先に建っているのが仙丈小屋(2,885m)だ。この小屋は平成12年に建て替えられたばかりの最新鋭の小屋で,北側には風力発電用のプロペラが10基並んで建っている。トイレを借りようと中に入ったところ,なんと水洗の洋式トイレである。山頂に近い山小屋で座って用を足せるとは思ってもみなかった。もちろんトイレットペーパーも完備。ここは基本的には食事持参の小屋となっているが,ビールはもちろんカレーなどのレトルト食品も提供しており,食べ物には困らない。水も豊富で外には雨風がしのげる自炊小屋もあり,ぜひ1度泊まってみたい山小屋の一つだ。
 小屋を出て西(右)に進路を取り,カールの底から縁へ向かってジグザグに登っていく。西へ延びる地蔵尾根(じぞうおね)から続くカールの縁に登り切ると,再び正面に中央アルプスの山並みが視界に入ってくる。よく見ると仙丈ヶ岳の影が映っている。ここを縁に沿って南(左)に進み,目指す山頂はこの先,カールの南西に位置している。
 午前7時ちょうど。仙丈小屋から30分ほどで仙丈ヶ岳の山頂に到着した。標高は3,033m。国内で17番目に高い山である。山頂の南に大仙丈ヶ岳(だいせんじょうがたけ 2,975m),北東に小仙丈ヶ岳(こせんじょうがたけ 2,864m)を従え,南アルプスの女王ともいわれるだけあってスケールの大きさを感じさせる。空は雲一つない晴天。遙か遠く全ての山々まで見渡せそうな360°の大パノラマが広がっている。まず南東,朝日の方角には日本一の富士山(3,776m)。その右隣に見かけ上は富士山より若干高く見える第2位の北岳(きただけ 3,192m)。この2山が肩を並べるように2ショットで見えるのは,ここからだけである。富士山の左裾には箱根の金時山(きんときざん 1,213m)がちょこっと顔をのぞかせている。
 北岳から南(右)には,第4位の間ノ岳(あいのだけ 3,189m),農鳥岳(のうとりだけ 最高峰は西農鳥岳 にしのうとりだけ 3,051m:15th)と白峰三山(しらねさんざん)が続く。そして農鳥岳の手前には富士川(野呂川),大井川,天竜川(三峰川 みぶがわ)と静岡県,いや日本を代表する3つの主要河川の分水嶺が交わる三峰岳(みぶだけ 2,999m)の小さな頂が見える。
 そして大仙丈ヶ岳から延びる仙塩尾根(せんしおおね)の向こうには,笊ヶ岳(ざるがたけ 2,629m: 111th),蝙蝠岳(こうもりだけ 2,865m:40th),塩見岳(しおみだけ 3,047m:16th),その真後ろに第6位の東岳(ひがしだけ=悪沢岳:わるさわだけ 3,141m),荒川中岳(あらかわなかだけ 3,083m:13th),前岳(まえだけ 3,068m),第7位の赤石岳(あかいしだけ 3,120m),聖岳(ひじりだけ 3,013m:21th),兎岳(うさぎだけ 2,818m:56th),中盛丸山(なかもりまるやま 2,807m:61th)。そしてその右に見えるのは光岳(てかりだけ 2,591m:130th)であろうか。
 富士山の北(左)に目を向けると,薬師,観音,地蔵の鳳凰三山,そして早川尾根(はやかわおね)からアサヨ峰(あさよみね 2,799m:65th),栗沢山(くりさわやま 2,714m)と続き,V字形に切れ落ちたところが仙水峠(せんすいとうげ 2,264m)。そして甲斐駒ヶ岳,鋸山(のこぎりやま=鋸岳:のこぎりだけ 2,685m:94th)とゴツゴツとした山並みが続く。これら山々の向こうには金峰山(きんぷさん 2,599m:126th)をはじめとする奥秩父(おくちちぶ)の山々(最高峰は北奥千丈岳 きたおくせんじょうだけ 2,601m:124th),そして八ヶ岳(やつがたけ 同 赤岳 2,899m:33th)。その左奥には浅間山(あさまやま 2,568m:136th)も見えている。
 北西方面には第6位の槍ヶ岳(やりがたけ 3,180m),穂高連峰(ほたかれんぽう 最高峰は第3位の奥穂高岳 おくほたかだけ 3,190m)を中心とする北アルプス。その左には遠く白山(はくさん 2,702m:90th)も見えている。そして大きな山体の御嶽山(おんたけさん 3,067m:14th),続いて木曽駒ヶ岳(きそこまがたけ 2,956m:25th),宝剣岳(ほうけんだけ 2,931m),空木岳(うつぎだけ2,864m:41th)と連なる中央アルプスの山々だ。
 このまま下山してもお昼前には着いてしまうので,なかなか巡り会えない快晴の山頂でたっぷりと時間をとることにした。携行食をとり絶景を堪能すること1時間半,ようやく腰を上げ山頂を後にした。
 山頂からは薮沢カールの縁を半時計回りに下り,カールから北東に延びる小仙丈尾根を小仙丈ヶ岳へ目指す。多少砂混じりの道をスリップに注意しながら進み,若干のアップダウンを超えた小さなピークが小仙丈ヶ岳(2,864m)だ。北東正面に甲斐駒ヶ岳がそそり立つように迫って見える。右に摩利支天(まりしてん 2,820m)を突き出し,手前に駒津峰(こまつみね 2,752m:81th)と双児山(ふたごやま  2,649m:103th)を従えたその雄姿には,見るもの誰もが圧倒される迫力がある。振り返ると仙丈ヶ岳の東側に広がる小仙丈カールが扇を広げたように口を開けている。
 ここでも1時間ほどのんびりと過ごした後,北沢峠への下山を開始した。小仙丈ヶ岳北西の急斜面,岩が点在した白い砂混じりの道をジグザグに下っていく。みるみるうちに高度を下げ,やがて樹林帯の中に入ると,岩と木の根の段差の道が続く。登ってくるパーティとすれ違うが,皆辛そうな表情が伺える。小仙丈ヶ岳から40分ほどで五合目の表示がある大滝ノ頭(おおたきのあたま)に到着。ここでは馬ノ背ヒュッテから薮沢小屋を通って山腹を横切ってくる道と合流する。ここからも樹林帯の中をひたすら下っていく。途中,二合目で尾根の東側をショートカットする道が分かれるが,そのまま真っ直ぐに進み,一旦登り返してまた下っていくと建物の屋根が見えてくる。正午過ぎ,北沢峠に到着。
 長衛荘(ちょうえいそう)で昼食をとり,ひと休みした後,きょうの宿泊先である仙水小屋を目指して歩き始めることにした。北沢峠から広河原方面に林道を下っていくと左に指導標が見えてくる。そこを左に入り,野呂川の支流で仙水峠を源とする北沢の開けた河原に出る。その先に見えるのが北沢長衛小屋(きたざわちょうえいごや)だ。小屋の横には,南アルプスの開拓者として功績を残した「竹沢長衛」さんのレリーフがあり,故人を偲ぶ"長衛祭"が毎年7月にここで開かれている。その小屋の前を通り過ぎて丸太の橋を渡り,栗沢山(くりさわやま)への登山道を右に見送って北沢の左岸の雑木林の中を進む。いくつかの堰堤の右側を乗り越えたあと対岸に渡り,トラロープが張ってある岩場を過ぎると,丸太3本を渡してあるだけの橋にさしかかる。それを渡って左岸の斜面につけられた階段状の急な道を登っていくと仙水小屋(2,140m)に到着だ。
 この小屋は完全予約制で定員30名のこじんまりとした造りだ。中央に入口があって右半分が宿泊する場所になっている。室内は奥まで土間が続いていて,その周りを座敷が囲んでいる。土間の上にはザックを乗せる網棚が天井から吊してある。外には大きな銀色のパラボラアンテナのようなものがあり,中央にやかんが吊してある。太陽熱でお湯を沸かすのだそうだ。電気は川の水を利用した水力発電。エンジン発電機と違って静かだ。
 受付を済ませると小屋の主人が「時間が早いので仙水峠まで出かけてくると良い」とのこと。こんなに天気のいい日は滅多にないそうだ。まだ午後2時前でもあり,勧められるままに仙水峠に行って来ることにした。片道30分ほどの道のりである。
 小屋にザックを預けて薄暗い林の中を進む。岩や木の根の段差はあるものの,緩やかな登りの土の道なので歩きにくいことはない。と思っているうちに目の前の視界が開けてきた。黒っぽい溶岩状の岩がゴロゴロと河原状に広がっているゴーロと呼ばれる岩石地帯だ。ペンキなどの印があまりなく,踏み跡で多少汚れている岩を目印に歩いて行くが,中にはグラつく岩もあり,とても歩きにくい。たまに見えるケルン(=石を積み重ねた目印)を頼りにコースを修正しながら進んでいき,小屋から25分ほどで仙水峠(2,264m)に到着した。
 峠といっても稜線上にあるところと違い,東側がわずかに開けているだけであり,周囲を見渡せない谷底と言った感じの所だが,北を見上げるとそびえ立つ甲斐駒ヶ岳の雄姿が目に飛び込んくる。右手前に摩利支天(まりしてん)の岩峰を従え,真っ青な空にそびえる巨大な白い山体は,いくら見ていても飽きることのない大自然の雄大さを感じさせる。峠で出会った数組のパーティも今夜は同宿ということで,雑談を交わしながら1時間ほど時を過ごし,仙水小屋へと戻った。
 小屋では夕食の準備が進んでいた。今夜は天気がいいので外のテーブルで夕食にするとのこと。ビールを買って乾杯し,持参のつまみで歓談していると,小屋の主人が夕食を運んできた。四隅に脚の付いた黒塗りの四角いお膳のような食器に,山小屋とは思えないほど豪華なごちそうが盛られている。お刺身3品,かき揚げ天ぷら,ポテトサラダ,山菜の盛り合わせ,つけもの等々,それに魚を煮込んだみそ汁とおかわり自由のご飯。食事がよいとの評判は聞いていたが,ここまでとはさすがに感動した。あまりにおいしいので,ご飯を3杯もおかわりしてしまった。夕食が済んだら後は寝るだけ。今夜の宿泊は17人と少なかったので,1人1枚の布団に寝ることができた。明日の朝も早い。午後6時30分就寝。
 [累積標高差(当日) +758m −1,248m (累計) +1,433m −1,323m]

【第3日】
 3時30分起床。ストレッチをして支度を始めていると主人が起こしに来た。皆で布団を片づけ食事の配膳を手伝う。寝ていた場所が食卓に早変わりだ。朝食もアジの開き,卵焼き,納豆,海苔,佃煮にアサリのみそ汁,ご飯ととても豪華。朝食はあまり量を食べない私も,この日ばかりはおかわりをしてしまった。といってもそんなにのんびりしていられない。できれば11時過ぎのバスに間に合わせたいからだ。早々に支度を整えて小屋の主人にお礼を言い,4時30分に出発。
 まだ暗い中をライトを頼りに進んでいく。仙水峠までは昨日通った道だが,ゴーロ帯に入るとルートがわからず,それでなくても歩きにくい道がさらに時間を要すことになった。荷物のせいもあるが,昨日より10分遅れで仙水峠(2,264m)に到着。ここから次の駒津峰(こまつみね)までは,高度差500mほどもある急登だ。薄明るくなってきたのでライトをしまい,樹林の中の道に入る。石や木の根がゴロゴロし,たまに大きな段差がある道を一歩一歩確実に登っていく。途中,開けた場所に出ると右手(西)に仙丈ヶ岳がどっしりとした姿を見せている。そしてまもなく左手から朝日が昇ってきた。今日一日の安全を祈願し,再び灌木(かんぼく=低木)の中に入っていく。
 しだいに周りの木々が少なくなり,景色が見渡せるようになってきた。そして苦しかった急登もようやく終わり,甲斐駒ヶ岳の西の玄関口とも言える駒津峰(2,752m)に到着した。仙水峠からは,ほぼ標準タイムの1時間15分。ここから甲斐駒の山頂までは,まだ1時間半近くの道のりがある。
 駒津峰からは,やせた尾根(=左右がそぎ落ちた細い尾根)の岩場の道となる。一旦下って登り返し,また大きく下っていく。ストックをザックにしまい,両手を使って慎重に岩場を通過する。いくつかに割れた巨大な岩石がニョキニュキと立っている六方石(ろっぽうせき)を過ぎると,いよいよ甲斐駒ヶ岳の本体だ。この先,山頂へ岩場を直登する道と,山腹を南(右)に迂回する道とに分かれている。前者は時間は短いが多少危険を伴うため,今回は迂回路を通ることにした。
 一旦灌木の中に入り岩場を越えると,目の前に花崗岩(かこうがん)の白い斜面が広がってきた。山頂から下の方まで緑はほとんどなく,大部分が花崗岩に覆われており,そのくぼみや岩の間に白い砂がたまっている。その向こうには山腹だけ緑に覆われた摩利支天(まりしてん)が見えている。どこにルートがあるかはよくわからないが,斜面を斜めに横切るように道が続いているようだ。砂に付いた踏み跡をたどって摩利支天の方向に進んでいく。要所にペンキの印があるため迷うことはない。摩利支天が間近に迫ったところで標識に出逢う。ここからは左(北)に折れて山頂に向かって登る道だ。先ほどよりもだいぶん砂が多くなり,富士山の砂走りのようである。油断をすると斜面を転げ落ちそうなくらい急な勾配の道を,山頂めがけて登っていく。大きな岩の間をすり抜け岩と砂の斜面を行くと,抜けるような青空の中に山頂の石の祠(ほこら)が見えてきた。そしてしだいにその姿が大きくなり,午前8時過ぎ,甲斐駒ヶ岳の山頂(2,967m)に到着した。
 ここには全国を測量するために約40km間隔で設けられた1等三角点の本点があり,その標高は全国第4位の高さである。ちなみに第1位は一昨年登頂した南アルプスの赤石岳(あかいしだけ 3,120m: 7th),第2位は昨年登頂の前穂高岳(まえほたかだけ 3,090m:11th),そして第3位は御嶽山(おんたけさん 3,063m,山頂の標高は 3,067m:14th)である。1等三角点には本点の他に約25km間隔に補点が設けられている。身近なところでは,伊豆天城山の万三郎岳(ばんざぶろうだけ 1,406m),朝霧高原の北西にある毛無山(けなしさん 1,945m,山頂の標高は 1,964m)に本点が,そして達磨山(だるまやま   982m),愛鷹山(あしたかやま 1,187m),箱根の神山(かみやま 1,438m),芝川町羽鮒地区(はぶな−)のSBS中継所横(321m)に補点がある。日本一の富士山には2等三角点しかない。全国各地の三角点を登頂の目標にするのも面白いかも知れない。
 周囲の山々には多少雲がかかり,東の斜面からも時折霧があがってくる。そんな中で昨日登った仙丈ヶ岳だけは,南アの女王と呼ばれるその落ち着いた,たおやかな山容をはっきりと見せてくれている。その左(南)には,北岳と間ノ岳(あいのだけ)が仲良く2ショットで並んでいる。時折上ってくるガスの合間に見えるのが富士山だ。鳳凰三山(ほうおうさんざん)の向こう,雲の中に笠雲を乗せた姿をうっすらと望むことができる。
 これで「どうしても登ってみたい山」ベスト3のすべてに登頂することができた。しかも前々回の赤石岳,前回の奥穂高岳と違って今回は好天に恵まれ,最高の景色を堪能することができた。中央道を車で通るたびにため息をつきながら眺めていた憧れの山の山頂で,時間を忘れてのんびりとしていたいところであったが,バスの時間が迫っている。後ろ髪を引かれるような思いで山頂をあとにすることにした。
 山頂から摩利支天めがけて砂状の道を下っていく。途中,標識に気づかずに行き過ぎてしまい,あわてて右(西)に進路を取り直したものの,足場の悪いルートを行くこととなりヒヤッとした。花崗岩の斜面から抜けて六方石を通過し,再びやせ尾根に戻ってくる。前方からは30名ほどのツアー登山者がやってくる。やせ尾根の岩場を登り切ると駒津峰だ。ここからバス停のある北沢峠までは標準で1時間半の行程。ギリギリの時間だ。甲斐駒ヶ岳を振り返り,その雄姿をまぶたにしっかりと焼き付けて,駒津峰をあとにした。
 駒津峰からはハイマツに覆われた急な斜面を西に下っていく。砂や小石の混じった岩の多い道なので,足を取られないように慎重に下っていく。150mほど一気に下ると,次のピーク双児山(ふたごやま)への登りだ。灌木の中に入り展望がきかない道をペースを落として登っていく。駒津峰から20分ほどで双児山に到着。ひと口水分を補給して出発する。ここから先はただひたすら下る道だ。樹林帯の中をジグザグにどんどん高度を落としていく。道が直線的でないので助かったが,それでも木の根や岩などの段差が多く,膝や足の裏に負担がかかる。下りをあまり得意としない自分にとっては,かなりのハイペースだ。そのうちに足の裏が悲鳴を上げ始めた。やはり久しぶりの山行でだいぶん負担がかかっているようだ。それでも今日が最終日,多少無理をしても下ってしまえばそこがゴールだ。ケガだけはしないようにと集中力は保ったまま,600mの標高差を50分ほどかけて北沢峠に下りきった。バスの出発まであと15分。ストレッチをして脚の筋肉を十分にほぐし,バスに乗り込んだ。
 広河原へ向かうバスの中で運転手が外を指差しながら何かを叫んでいる。見ると右手の斜面の上に大きな角をのばした日本シカが見える。これほどの大物は滅多に見られないそうだ。あわててデジカメを取り出したが,ブレてしまって上手く写らなかった。11時40分,広河原に到着。バスの中でずっと同じ姿勢でいたため,脚の筋肉が固まってしまい,歩くのがぎこちない。ザックを車に積み込み靴を履き替えて,自宅への帰路につく。途中,昼食をとり,午後5時すぎ,無事に帰宅した。
 [累積標高差(当日) +967m −1,077m (累計) +2,400m −2,400m]

※コースの( )内は,当日各地点間の所要時間で途中の休憩時間を含む
 なお山名は,国土地理院発行「日本の山岳標高一覧」に記載されている名称(地元で一般的に使われている名)を使用していますので,深田久弥選「日本百名山」の名称とは異なるものがあります。
(例:東岳=悪沢岳,仙丈ヶ岳=仙丈岳)