○8月3日(水)〜5日(金) 【南アルプス 北岳,間ノ岳】

  【第1日】 広河原 (2:05) 白根御池小屋
  【第2日】 白根御池小屋 (1:55) 小太郎分岐 (0:25) 北岳肩ノ小屋 (0:35) 北岳 (0:55) 北岳山荘 (0:35) 中白根山 (1:00) 間ノ岳 (0:45) 中白根山 (0:25) 北岳山荘
  【第3日】 北岳山荘 (1:00) 八本歯のコル (1:05) 二俣 (1:30) 広河原

 ここ数年,夏の登山シーズンは富士山エコレンジャーとして活動してきたため,富士山(3,776m:1st)以外への登山は4年ぶりである。当初,北岳(きただけ 3,193m:2nd)から赤石岳(あかいしだけ 3,120m:7th)まで4泊5日での縦走を予定したが,登山靴のソールが剥がれかかるというアクシデントのため,2泊3日に短縮しての登山となった。

【第1日】
 昨年から南アルプス北の玄関口である広河原(ひろがわら)への道路はマイカー規制が導入され,入山手段は甲府または芦安(あしやす)からのバス・タクシーのみとなった。しかし,今年は身延(みのぶ)からの直行バスが運行されるようになり,甲府経由よりも1時間以上早く入山できるようになったことから,今回はこのルートで入山することとした。
 自宅近くの長泉なめり駅を7時47分発の電車に乗り,富士から特急富士川1号に乗り継いだ。途中富士駅で,大分県から来たという2人連れの女性と出会い,話を聞くと私と同じ北岳に登るという。泊まる小屋も一緒だ。だが,甲府経由で広河原に向かうというので,「甲府経由だと広河原到着が13時42分になりますが,身延で乗り換えると12時10分に着きますよ。」と話した。するとぜひご一緒させてほしいという。「いいですよ。」と返事をして,念のためバス会社に運行状況を確認した。通常どおり運行されていると聞き,安心して席に座っていると,先ほどの女性が「乗車券の払い戻しもできないし,予定を山小屋にも話してあるので,やはり甲府経由で行きます。」とのこと。「じゃあ山小屋でお会いしましょう。」と別れ,身延駅で下車した。
 身延駅からは9時45分発の山交タウンコーチバスで広河原に直行だ。待ち時間は9分。2時間半近くの行程のため,駅前でトイレをすませる。バス停で広河原行きを待っているのは,私を含めて3人。やはりこのルートはあまり知られていないようだ。バスは5分遅れで到着した。補助席を含めて定員20人程度の小型バスだ。乗客は広河原へ向かう3人と七面山(しちめんざん 1,989m)へ行くというご夫婦の5名。七面山は日蓮聖人の霊跡であり,山上には身延山の守護神「七面大明神」をまつる敬慎院(けいしんいん)があることから,多くの日蓮宗徒が参拝に訪れることで有名な山だ。
 バスは国道52号線を北上し,富士川の支流,早川に架かる新早川橋を渡って早川沿いに奈良田(ならだ)に向かう。途中,七面山へのご夫婦を降ろし,11時過ぎに奈良田に到着。そこでトイレ休憩をとり,3人のハイカーを新たに乗せ,早川,そして野呂川(のろがわ)沿いの県道を進む。県道といっても対向車とのすれ違いもままならないほど狭い舗装不完全の山道だ。いくつかの真っ暗なトンネルを抜け,山道を進むこと約1時間,予定どおりの時間で広河原に到着した。(12:10着)
 ここ広河原(1,529m)は,南アルプス北部の山梨県側玄関口となっていて,利用者が非常に多い。一昨年までマイカーで埋め尽くされていた広場には仮設テントが設けられ,バスの乗降場所となっている。テントの中には大きなザックが並び,大勢のハイカーが帰りのバスを待っていた。仙丈ヶ岳(せんじょうがたけ 3,033m:17th)や甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ 2,967m:24th)へ登る場合は,ここからさらに南アルプス市営バスで北沢峠(きたざわとうげ)に向かうこととなる。
 今回の最初の目的地,北岳(3,193m:2nd)には大樺沢(おおかんばさわ)という沢沿いに登るルートと,中腹にある白根御池小屋(しらねおいけごや 2,236m),北岳肩ノ小屋(きただけかたのこや 3,015m)を経由して尾根づたいに登るルート,そして両方をミックスしたルートがある。大樺沢ルートの場合,広河原から山頂または北岳山荘(きただけさんそう 2,875m)まで標準時間で5時間半以上を要するため,午前中の早い時間に出発する必要がある。尾根ルートでは,白根御池小屋まで約3時間,肩ノ小屋までは6時間半かかるため,お昼過ぎの出発では,よほどの健脚でなければ白根御池小屋泊まりが一般的だ。3年前に父が登った際のコースタイムでは,肩ノ小屋まで5時間かかっていないことから,体調がよければ登ってしまおうとも思ったが,最近の運動不足を考えて白根御池小屋を1泊目に決めた。
 出発する前にアルペンプラザに立ち寄り,昼食をとった。携行食はお決まりのカロリーメイトである。味の種類も従来のフルーツ,チョコレート,チーズに加えて,ベジタブルが加わり4種類になった。それを口にほおばり,装備を点検する。非常用の通信手段として今回も携帯電話と無線機を持ってきた。携帯もドコモのFOMAではつながらないが,movaでは山頂などでつながる場合がある。そのため月額300円でどちらも使えるような契約にしてあるが,切り替えるための番号を忘れてしまったため,ドコモショップに電話することにした。事前に切り替えておくべきだったと反省した。アルペンプラザ内には衛星携帯を使った公衆電話があるが,なんとクレジットカード専用のものだった。カードは持っていたので問題なくかけることができたが,これからは山に行くにもクレジットカードが必要な時代になったと納得させられた。
 十分にストレッチをして,いざ出発(12:45発)。ゲートの脇を抜けて北沢峠方面に進み,吊り橋を渡って広河原山荘(ひろがわらさんそう)の前に出る。そこから森の中へ入っていく。岩や木の根の段差がある土の道を軽快に登り始めたが,ペースが速すぎたのかイマイチ調子が出ない。20分ほどで大樺沢ルートと尾根ルートとの分岐(1,655m)に到着し,そのまま右の尾根ルートへ進む。ここから白根御池小屋までの標高差は650m。水平距離500mで標高差250mを登る急登だ。標準時間は2時間40分。薄暗い森の中のやや砂混じりの道を,多少ジグザグに岩の段差を登っていく。最近の運動不足で体力が落ちているのか足取りが重い。途中標識とともにベンチが設けてあり,ありがたいと早速ザックを下ろし休憩する。その後も数ヶ所に設置されているベンチで休みながら,途中で追いついた若い男性と中年の女性を抜きつ抜かれつしながら登っていくと,道が左に折れていくのが見えた。地図によればこの先はほぼ平らな道のりとなる。先ほどの女性に「急な登りはここで終わりですよ。」と声を掛けると,急に足取りが軽くなる。ガレ場(=山の斜面が崩れて岩石がゴロゴロしている所)の上部を越えて,森の中の湿った土や岩の道を多少アップダウンしながら進む。少し開けたところで,前を歩いていたパーティに追いついた。総勢10人くらい,ほとんどが女性のパーティで,狭い道で立ち止まり道端に咲いているシモツケソウの写真を撮っている。しばらく待っていたが空けてくれそうにないので「すみません」と声をかけると,やっと動き出してくれた。「急行が通りますよ。」と言って道を空けてくれたので,先に行かせてもらう。小屋の受付は順番待ちになるので,早いほうがよい。もう1組のパーティも追い越してしばらく行くと,森が開けて建物が見えてきた。14時50分,白根御池小屋(2,236m)に到着だ。広河原から2時間5分,標準タイムよりはだいぶ早かったが,3年前の父のペースより多少遅いタイムとなった。
 ここ白根御池小屋は,急峻な北岳の中腹になぜかポツンと広がる平坦地に建っている。小屋の南には名前の由来となった白根御池という池がある。1999年の雪崩で赤い三角屋根が特徴の小屋が全壊し,現在の営業はプレハブ小屋で行っている。その横では来シーズンの供用開始を目指して立派な小屋を新築中だ。経営は旧芦安村,現在の南アルプス市営だ。水場は受付の横にあり,自由に使うことができる。あとで聞いた話だが,建物は山梨県が建て南アルプス市に貸し出し,市では入札方式によって経営を委託しているとのこと。以前の経営者は評判が悪く,現在の経営者は市役所を退職した青木という方だそうだ。
 到着後,早速受付をする。背の高い若いお兄さんが一人で受付,案内をしていた。朝食の時間を尋ねると3時30分には食べられるとのこと。それならば4時出発に間に合うので,1泊2食でお願いすることにした。料金は7,000円。おつりがないというので1,000円分を缶ビール2本にしてもらった。小屋はプレハブといっても3棟あり,中は結構広い。私が案内された第2棟は,大広間の左右が2階建てロフト構造の就寝スペースになっており,中央が通路兼荷物スペースだ。その一番奥にも3人分のスペースがあり,その中央が私のスペースであった。布団1枚分,込んでこなければ,両脇は空けておくとのこと。ありがたい。対応が親切丁寧でとても感じがよかった。
 靴を備え付けのビニール袋に入れ,ザックとともに部屋に運び入れる。布団を敷いて横になり,足,尻,背中,腰のストレッチをする。そして貴重品を持って外に出て,ビールをもらうため受付に向かうと,先ほど追い抜いたパーティで受付は行列ができていた。追い抜くことができてラッキーだった。受付横の水槽からビールを2本取り出して,少し高台になった場所のベンチ(丸太の半割)に腰をかけた。そして一人で乾杯。ちょっとぬるかったけど山小屋で飲むビールは格別だ。明日登る北岳の方を見上げながら,近くの人と会話を交わしくつろいだ。
 山小屋での食事は,食堂の収容人数が限られているため,人数が多いと何回かに分けられることになる。順番は受付順だ。私は比較的早かったので,16時30分からの1回目に食べられることになった。またまたラッキーである。登りで抜きつ抜かれつした2人は17時30分からの2回目だった。その日は結局3回に分けられたようだ。夕食の献立はハンバーグにご飯とみそ汁。ご飯とみそ汁はお代わり自由だ。ハンバーグは冷凍食品だが,山小屋ではこれで十分だ。結局ご飯を2膳いただき,ごちそうさまをして食堂をあとにした。
 富士駅で出会った大分県からの女性2人組とは,17時過ぎに再会した。広河原から3時間ほどかかったとのこと。ほぼ標準タイムだ。明日の好天を期待してそれぞれの布団に分かれた。外が暗くなってくるころ,トイレをすませ,枕元にヘッドランプとメガネを置き,布団に横になる。消灯は20時30分だが,まだ18時前。周りは寝ている人もあればにぎやかに話している人もいる。眠くはなかったが特にすることもないので,横になっているといつしか寝てしまった。気が付くと消灯の時間は過ぎていて真っ暗だったが,あちらこちらでするイビキの音が気になって,夜中に何度も目を覚ました。
 [累積標高差(当日) +737m −30m]

【第2日】
 3時起床。布団の上でゆっくりとストレッチをし,なるべく音を立てないように外に出る。外は満天の星空だ。「よしっ」と気合いを入れ食堂のある管理棟の方を見ると,もう電気がつき朝食の準備を始めている。「3時過ぎには起きていますから声を掛けてください。」と言われていたとおり,ドアをノックして食堂に入る。朝食はお弁当だ。ご飯に塩鮭,佃煮,味付けのりが入っている。一人で黙々と食べていると昨日のお兄さんが熱いお茶を入れてくれた。やっぱりお茶はいい。ありがたくいただき,きれいに平らげると,奥の方へ声を掛ける。「お世話になりました。」「お気をつけて。」
 食堂を出てトイレをすませ部屋に戻る。布団をたたみ,ザックと靴を持ち外に出る。ビニールに入れた靴はなるべく音が出ないように注意した。スーパーなどでくれるビニール袋は,丈夫で使い勝手がよいので着替えや食料などを入れて持ってくることが多いが,静かな山小屋では大変耳障りな騒音源となる。ガサガサと部屋中に響き渡る音は,寝ている人にとって非常に迷惑だ。特に早く出発する場合には気をつけたいところだが,全くお構いなしにガサガサやるハイカーが多く,とても残念に思う。私は,そのため荷物の仕訳にはスーパーバックは使わないことにしている。それでも靴を入れたビニール袋は,持ち上げただけでもガサガサと大きな音を立ててしまうため,静かに持ち上げ足早に外に出て,外で身支度を整えることにした。身支度と言っても私の場合は着替えるわけでもなく,忘れ物がないか確認し,靴を履くだけだ。気温はさほど低くはない。登り出せば暑くなるので,Tシャツ1枚で十分だ。
 4時。あたりはまだ真っ暗だ。ヘッドライトを点け,ザックを背負い出発。白根御池の脇を行くと道標が建っている。まっすぐ行くと大樺沢の途中にある二俣(ふたまた 2,209m)という地点で沢ルートと合流する。今回はここを右に折れ「草すべり」と呼ばれる斜面を登っていく。小さな沢状のくぼみの周りだけ樹木がなく,草の斜面になっている。その斜面につけられた小さなジグザグ道をゆっくりと登っていく。私の前を男性3人のパーティが登っているようだ。3つのヘッドライトの明かりと声が聞こえる。北岳山頂から北の小太郎山(こたろうやま 2,725m)に続く小太郎尾根までの標高差は614m。昨日よりもさらに急な登りだ。道の周りにはさまざまな高山植物が咲き乱れている。ハクサンフウロ,マルバダケブキ,ウサギギク,タカネグンナイフウロ,タカネナデシコなど,ピンクや黄色,紫など色とりどりの花が楽しませてくれる。ただ周りが暗いのが残念だ。
 草の斜面が終わり灌木(かんぼく=背の低い木)帯に入ったところで,急に気分が悪くなってきた。まずい。入りのペースが速すぎたのか。ザックを下ろしその場にしゃがみ込む。このままの状態が続くなら下山しなければならない。そう思いながらしばらく休んでいると体調も戻ってきた。鳳凰三山(ほうおうさんざん=観音岳(かんのんだけ 2,840m:50th),地蔵ヶ岳(じぞうがたけ 2,764m:75th),薬師岳(やくしだけ 2,780m:67th)の総称)の方角が白みはじめ,周りも明るくなってきた。「ゆっくり歩いてまた気分が悪くなったら,勇気を持って撤退しよう。」と心に決め,ゆっくりと登り始めた。
 やがて観音岳の山頂付近から朝日が昇ってきた。手を合わせて今日一日の無事を祈る。すると上の方から歓声が聞こえてきた。どこかのパーティがやはり朝日を見て感動したのだろう。さらに登り続けていると,上から先ほどの歓声の主が下ってきた。大学生7・8人のパーティだ。テント泊の大きなザックを背負っている。女性も2人いる。「おはようございます。」と声を掛けながらすれ違う。
 しばらく行くと,灌木帯を抜け草の斜面に出た。日光が当たってきたので,ヘッドバンドとバンダナを組み合わせた得意のスタイルに変身する。その先に道標が見えてきた。左に行くと大樺沢二俣へ下ることができる。そこを右にジグザグの道で斜面を登っていく。途中でまた大学生のパーティとすれ違う。この斜面を登り切れば小太郎尾根だ。
 5時55分に小太郎尾根に到着。澄みきった晴天ですばらしい景色だ。正面(北西)には仙丈ヶ岳(3,033m:17th)がどっしりとした山容を見せており,その右手(北)には,小太郎山とそれに続く稜線(りょうせん=峰と峰を結ぶ尾根の連なり,または単に尾根のこと)が見え,その先に名峰甲斐駒ヶ岳(2,967m:24th)が多少かすんで見えている。そして左を見上げると北岳(3,193m:2nd)とそれに続く険しい稜線が青空の中にそそり立って見える。
 10分ほど休憩をとり出発。ここからは大きな岩がところどころに点在する稜線を登っていく。天気がよくて風が心地いい。25分で北岳肩ノ小屋(3,015m)に到着。白根御池小屋(2,236m)からちょうど2時間半。標準タイム3時間半のところを1時間も早く着いてしまった。父のタイムよりも10分早い。途中気分が悪くならなかったらもっと早く着いていただろう。前を登っていた男性3人のパーティにはここで追いついたが,私の10分ほど前に到着したとのこと。彼らも健脚だ。この小屋は森本さんという方が個人で経営しており,ここに宿泊して山頂をピストン(往復)するハイカーも多く,人気の山小屋の一つだ。
 5分休憩していよいよ山頂を目指す。狭い岩稜(がんりょう=いわおね)の道を一歩一歩登っていく。道の脇にはイワオトギリ,ミヤマダイコンソウ,イワギギョウ,ミヤマオダマキなどが可憐な花をつけている。途中の突き出た岩稜の右を巻き(=迂回する),ひと登りすると,富士山(3,776m:1st)に次ぐ高さを誇る北岳(3,193m:2nd)山頂に到着した。(7:10着)
 山頂には既に多くのハイカーが写真を撮ったり景色を見てくつろいだりしていた。私も近くの人にシャッターを押してもらい,記念写真に収まった。あいにく仙丈ヶ岳や甲斐駒ヶ岳などは山頂部に雲がかかり始めてしまっていた。先ほどの男性3人パーティの方がレモンの蜂蜜づけをお裾分けしてくれた。お礼を言い2枚口にほおばる。彼らにこれからの予定を訪ねると,このまま来た道を下山してしまうのだという。まだ時間も早いのにもったいないなと思いつつ,あいさつをして別れる。2度目の北岳山頂で20分ほどくつろいだ後,次の目的地,間ノ岳(あいのだけ 3,189m:4th)を目指して下山を始めることとした。(7:30発)
 山頂から南へ北岳山荘(きただけさんそう 2,875m)への道を進む。標高差300mほどを一気に下る道だ。道は岩稜の右側(西側)を巻くようにつけられており,右側は深い谷となっている。足を踏み外せば,谷底まで滑落だ。そのため,足下を確認しながら時には両手で岩をつかみ慎重に下っていく。危険な箇所を下りきると,多少広くなった尾根道となり,ほっと一息つく。道沿いにはイワギキョウやハクサンイチゲ,シナノキンバイなどが咲いている。そのうち大樺沢(おおかんばさわ)ルートのポイントである八本歯のコル(はっぽんば− 2,835m:コル=山と山の間の尾根の低い所=鞍部)への分岐に差し掛かる。北岳にはいくつかのお花畑があるが,山頂と北岳山荘,八本歯のコルを結ぶ三角地帯の中にあるお花畑が,規模も大きく,花の種類も多い。北岳の美しさはここに凝縮されているという専門家もいるほどだ。南東に広がる斜面には,ハクサンフウロ,ハクサンイチゲ,シナノキンバイ,キタダケトリカブト,イワオウギ,タカネナデシコなど,たくさんの可憐な花々が咲き誇っている。そのほかにも時期によっていろいろな花を楽しめる究極の場所となっている。
 道は稜線をそのまま直進する。途中,もう1ヶ所右側(西側)の斜面を横切るヶ所があり,再度慎重に足を進める。やや登り返すと,左前方に赤い屋根の建物が見えてきた。北岳山荘だ。稜線上には鐘が吊してある。それを鳴らして小屋の前に下り,ザックを下ろした。(8:25着)
 携帯電話を出してみると,アンテナマークが立っている。よしっと思い,movaに切り替えメールをチェックする。そして天気plusサイトに接続し,今日の北岳の天気予報を見る。このサイトでは主な山のピンポイント天気予報を出しているから役に立つ。すると夕方から雨のようだ。靴の不具合から2泊3日に変更したが,どのルートで下山するかまだ決めかねていた。とりあえず間ノ岳まで行ってみることにして,8時45分に山荘を出発した。
 北岳山荘(2,875m)から間ノ岳(3,189m)までは,標準タイムで1時間40分の行程だ。途中の中白根山(なかしらねさん 3,055m)までは標高差180mだが,結構きつい。白い砂をまいたような岩場の尾根で滑りやすい道だ。途中の道沿いにはイワギギョウ,タカネツメクサ,チョウノスケソウ,イブキジャコウソウなどが咲き,ハイカーを楽しませてくれる。その中白根山には35分で到着。10分ほど休んで同じような岩場の道を一旦下って,緩やかに登っていく。途中の3,055mのピーク(=山の頂上や稜線上の突起など,突出した地形を指していう)の右側(西側)を巻き,その後も岩稜の右斜面(西側)を巻くように道は続いている。右下は野呂川の源流となる深い谷になっており,一歩間違えば谷底に滑り落ちてしまう。そういった箇所を何度か通過しながら,多少のアップダウンを繰り返していくつかのピークを登り切ると,目の前に間ノ岳山頂が姿を現した。そして10時30分にやっと山頂に到着した。標準タイムをオーバーして1時間45分もかかってしまった。
 山頂は時折ガスが立ちこめ,景色は全く見えなかった。天気がよければ360度の大パノラマが目の前に広がるはずだったが,残念。やむなく記念写真を撮ってもらい,携帯電話iモードの接続を試みる。しばらくは圏外だったが,いきなりアンテナマークが3本立って使用可能になった。明日帰ることを自宅に連絡したいが,どのルートで下山するか,まだ迷っていた。一般的には白根三山(しらねさんざん)と呼ばれる北岳,間ノ岳,農鳥岳(のうとりだけ 最高峰は西農鳥岳 にしのうとりだけ 3,051m:15th)を縦走するのがポピュラーなのだが,その場合は,ここ間ノ岳から1時間ほど下った農鳥小屋(のうとりごや 2,805m)に1泊し,農鳥岳を経由して奈良田に下るコースとなる。下りの標準タイムは8時間10分と長時間であること,奈良田からのバスの本数が1日4本と少ないこと,そして何よりも下調べを全くしていないコースであることが不安となった。白根三山縦走は魅力的だが,一度歩いたことがある広河原へ下山するのが確実だという結論に達し,今夜の宿泊地を北岳山荘に決定した。山頂からは何組かのパーティが農鳥岳を目指して出発していったが,その中に父と高校生くらいの娘の親子連れもいた。
 11時15分,間ノ岳をあとにして,来た道を北岳山荘に引き返す。登りと違って下りは軽快だ。それでも足場の悪い箇所は慎重に通過した。「44歳会社員の男性が間ノ岳下山中に滑落」などと報道される事態は絶対に避けなければならない。間ノ岳へは北岳山荘に荷物を置いてピストンするハイカーが多い。そういったパーティ何組かとすれ違った。中白根山へ登り返し,北岳山荘には標準タイムより若干早く到着できた。(12:30着)
 山荘に到着すると2箇所の引き戸を開けて中に入った。受付で用紙に記入し,寝具付き素泊まりをお願いする。4泊分の食料を少しでも消化するために,今夜は自炊だ。料金は5,000円。食事付きより2,700円安い。この山荘には水場は近くになく,1リットル100円で購入できる。宿泊者には1リットル無料券がもらえる。指定された寝床は2階の中白根という部屋のさらに中2階。ロフト部屋だ。下は既に満員で全員が横になっていた。ザックは廊下に置いていいとのことなので,ヘッドランプと貴重品だけ持って上に上がり,音を立てないように布団を敷く。ここには5人分の布団が置いてあった。まだ時間が早いのでストレッチをしてから外に出て,明日の予定を立てることにする。時折大粒の雨が降ってきた。iモードで時刻表サイトに接続し,身延線の時刻を調べる。山荘の北側にある公衆トイレの脇が通話エリアになっているようだ。広河原10時30分発のバスに乗れば,甲府12時49分発の特急富士川8号に乗れるが,20分しか余裕がないのでバスが遅れると2時間待ちとなってしまう。その前となると広河原7時55分発となる。北岳山荘から広河原までは標準タイムで約4時間。前回の経験から標準タイムを若干オーバーすることがわかっていたので,余裕を見て3時30分に山荘を出発することとした。
 そのあと,自炊部屋に移り遅い昼食をとることにした。今回は初めてそうめんを持参したので,お湯を沸かしてそうめんを茹でる。茹だったら醤油とダシを入れて煮そうめんの完成だ。さっぱりしていてなかなかの美味だ。空腹を満たすと部屋に戻って横になることにする。時折屋根をたたく雨音が響いている。しばらく横になっていると,男性が一人入ってきた。「広河原からですか。」と声を掛けると「そうです。」との返事。「雨に降られて大変でしたね。」とねぎらい,会話を交わした。その後も男性1人と中年のご夫妻1組が入り,ロフト部屋は満員となった。私はその都度会話を交わし,なごやかな雰囲気となった。
 この日の1回目の夕食は17時。それに合わせるように自炊部屋に入る。部屋には中年のご夫婦が既に夕食の支度をしていた。受付で生ビールを注文する。900円だが山小屋での生ビールは堪えられないうまさだ。お湯を沸かしてレトルトの五目ご飯を温める。12分たったら取り出し,お湯はみそ汁に使う。ご夫婦は千葉市に住んでいて,明日塩見岳(しおみだけ 3,047m:16th)に向かうという。食事は全て自炊とのことで,カレーライスやラーメンなどをたくさん持ってきているようだ。私は塩見小屋の情報や天気予報などを教えてあげた。その後,男性2人組が入ってきて,やはりラーメンが夕食とのこと。2組とも千葉県在住で,年金生活者だとのこと。私を見て「私たちの生活はあなた達にかかっているのよ。よろしくね。」と言われてしまった。
 夕食をすませ,部屋に戻る。相部屋の人たちは夕食に行っているようだ。しばらくして最初の男性が戻ってきた。「献立は何でした?」と尋ねると「カレイの煮付けだった。」とのこと。明日の予定などを話しながら横になっていると,初日と同様いつのまにか眠ってしまった。
 [累積標高差(当日) +1,331m −692m (累計) +2,068m −722m]

【第3日】
 2時起床。初日と同様布団の上でストレッチをし,布団をたたみ部屋を出る。音をさせないように靴を持ち玄関に置く。自炊室に行くと昨日のご夫婦が既に朝食の支度をしていた。お湯を沸かしみそ汁を入れ,カロリーメイトをほおばる。外は多少ガスっているが,星空が見える。朝食をすませてトイレに行き,ザックに鈴をつける。早朝は熊に出くわす事があるので,鈴は欠かせない。気温はさほど低くないが,風があり多少寒く感じるので,長袖シャツを羽織る。自炊室の電気を消し,ご夫婦と一緒に外に出る。「お気をつけて。」とお互いに声を掛け,3時30分出発。
 真っ暗な中をヘッドライトを頼りに岩場の道を進む。ここから八本歯のコルまでは,始めて通る道だ。起伏のある岩のゴツゴツした場所を通るため,道らしい道はない。人が歩いたあとをひたすら探しながら,迷わないように慎重に進んでいく。この道をこんな時間に通る人はいない。さすがに心細く不安になる。岩場を緩やかに登っていき,数ヶ所のはしごを慎重に渡る。行く手の空には,オリオン座が輝いている。
 山荘から40分ほどで北岳への登山道と合流する。東の空が白み始めてきた。ここから先ははしごが連続するため,ストックをしまう。風もなくなったので長袖シャツを脱いだ。5分ほど休憩をして出発。大きな岩が重なるようになった斜面を下っていく。道という道はなく,岩の上を渡り歩く感じだ。しばらく下るとはしごが現れた。はしごといっても傾いているので,階段に近い。片側に設けられた手すりを掴みながら,慎重に下っていく。右側(南側)は切り立った崖だ。道の脇にはシロバナタカネビランジが咲いていた。
 4時30分に八本歯のコル(はっぽんば− 2,835m)に到着。周りもだいぶ明るくなってきた。5分休憩して大樺沢(おおかんばさわ)への下降を開始する。沢の左岸(上流から見て左側)の小さな尾根につけられた灌木の中の道を下っていく。ところどころにはしごが設けられているが,とても傾斜のきつい道だ。スリップしないように慎重に下っていくと,10分ほどで沢に降り立つ。ここからは沢の左岸をジグザグに下っていく道だ。砂と岩が踏み固まった河原状の道はスリップしやすく,足に負担がかかる。途中で沢の水が音を立てている箇所を見つけ,水を飲む。さすがにうまい。
 八本歯のコルから下ること約1時間で,大樺沢の下流から2/3の地点にある二俣(ふたまた 2,209m)に到着。ここまでは予定時間より10分早く着いた。テント泊していた学生のパーティが入れ替わりに出発していった。ここからの下りは登ってくる人とのすれ違いの待ち時間も加味する必要がある。10分ほど休んで,早々に出発した。
 道の脇にはさまざまな花が咲いている。タカネグンナイフウロに混じって数が少なくなったといわれるミヤマハナシノブも何株か見ることができた。下るに従って花の種類も変わり,タカネナデシコ,ミヤママンネングサ,ウサギギク,ヤマホタルブクロ,ミソガワソウ,イブキトラノオ,センジュガンピ,キツリフネなどたくさんの花が楽しませてくれた。このあたりから登ってくるパーティと出会うようになる。途中で74歳という男性の方に出会った。その方は日帰りで毎日広河原と北岳を往復して今日で7日目だという。10日間を目標に往復する予定だと伺い,びっくりした。昨日は八本歯のコル付近で男性が滑落し,顔面を強打して出血したが,その方が応急手当をしてヘリコプターを手配したとのこと。運良く一命はとりとめたと伺い,ホッとした。すごい方がいるものだ。道は沢沿いの開けたところから灌木に入り,一旦沢に出て道板を渡した一本橋で沢を渡ると,右岸の樹林に入り湿った土の滑りやすい道となる。しばらく下るとまた沢に出て一本橋で左岸へ渡り,再度樹林帯に入っていく。
 鈴の音がかき消されるほど,沢を流れ下る水音が大きく聞こえる。下からは途切れることなくバーティが登ってくる。狭い登山道のため,その都度立ち往生となる。山道では基本的に上り優先だが,人数の多いパーティの場合は少人数パーティを優先させるというルールもある。しかしこちらはあまり知られていない。特にツアーで来たパーティと出会ってしまうと5分以上待たされる場合もある。しかもそういったパーティに限ってルールを全く知らない人が多い。待ってあげているのに当たり前のように通り過ぎ,「すみません。」の一言もないのには閉口させられる。山に出かける際には,最低限のルールだけは身につけてきてほしいものだ。
 ところどころ小川のように水が流れている道を通る。ゴアテックスの防水靴のため,気にせずジャバジャバと水の中を歩いて行く。二俣から下ること1時間10分で,一昨日別れた白根御池小屋への分岐を通過する。そこからさらに15分森の中を下ると広河原山荘に到着した。(7:20着)
 7時55分発の甲府行きバスに乗るため,吊り橋を渡りバス乗り場のある広場に急ぐ。途中のアルペンプラザ手前で,運転手さんらしき男性が手まねきしている。「どこまで帰るの。」と言うので「甲府まで。」と答えると,「2,000円で送ってあげるよ。乗っていかない?」と言う。聞くと男性はワゴンタクシーの運転手で,甲府駅に9時30分頃到着するグループを迎えに行くので,バス代+100円で乗せてくれるという。タクシーも空車で行くより儲かるし,こちらもバスよりも早く着くので,乗せていただくことにした。タクシーは,同じように甲府に向かう女性3人のパーティと私の4人を乗せて,広河原を出発した。
 タクシーの運転手さんは,普段大型観光バスの運転手をしていて,夏のシーズンだけ乗合タクシーを手伝っているとのこと。これまでに乗せたお客さんの話や,山小屋の裏話など,いろいろ楽しい話を聞かせてくれた。同乗した女性3人は大阪の方で,白根御池小屋に2泊して北岳を往復したそうだ。小屋の対応も初日はよかったが,2日目はつっけんどんで融通がきかない感じの悪い人だったそうだ。タクシーの運転手さん曰く「それは管理人の青木だ。」役場を辞めて管理人になったとのこと。「今度会ったら言っておくよ」とタクシーの運転手さん。それを聞いた大阪のおばちゃん(失礼)はすかさず「やっぱお役人やね。」
 タクシーは山を下り市街地を抜け,1時間足らずで甲府駅前に到着した。(9:00着)身延線の富士までの直通列車は,1時間おきに特急と各駅停車が交互に出ているが,各駅停車に乗っても1時間後の特急の方が富士到着が早い。9時台は各駅停車で,次の10時50発の特急まで2時間近く待つこととなった。朝食が3時前だったため,そろそろお腹がすいてきた。甲府には父が生前南アルプスに入山する前に決まって立ち寄った店がある。「和幸」というトンカツ屋だ。そこのカツ定食はおいしいと自分史の山行記に記載がある。その店は駅ビル内にあった。しかしそこは持ち帰り専用で,定食屋さんは駅ビルの5Fにあるとのこと。しかし開店は10時。そこで一旦駅ビルのアートコーヒーに入ったが,食事のメニューは11時からと聞いて店を出る。しかたなくお弁当屋さんでちらし寿司を買い,ホームのベンチで早い昼食をとることにした。そしておみやげにと和幸のヒレカツを2人前お持ち帰りすることにした。1人前375円と割安ながら,キャベツの千切りもついていた。
 改札を通り身延線のホームへ下る。身延線のホームは中央本線の下りホームから先へ200mくらい離れたところにある。中央本線はJR東日本,身延線はJR東海。なにか疎外された感じを受ける。駅のベンチで昼食をすませ,10時50分発の特急に乗る。3両編成で指定席は1号車のみ。比較的多くの途中駅に停車し,乗降客も多い。自由席はほぼ満員に近かった。身延駅では下山してきたハイカーが数人乗車してきた。富士と沼津で乗り換え,13時18分に長泉なめり駅に到着。無事3日間の山行が終了し帰宅となった。
 [累積標高差(当日) +105m −1,451m (累計) +2,173m −2,173m]

※コースの( )内は,当日各地点間の所要時間で途中の休憩時間を含む
 なお山名は,国土地理院発行「日本の山岳標高一覧」に記載されている名称(地元で一般的に使われている名)を使用していますので,深田久弥選「日本百名山」の名称とは異なるものがあります。
(例:東岳=悪沢岳,仙丈ヶ岳=仙丈岳)